下手 客席から見てどちら？

下手客席から見て、どちら？──舞台の左右と観客の視点

舞台芸術において、「上手」と「下手」という独特の表現が存在します。これは、歌舞伎や能など、日本の伝統芸能で古くから使われてきた舞台用語です。しかし、その意味を正しく理解している人は、意外に少ないかもしれません。特に、観客席から見た場合の「上手」「下手」の位置関係は、しばしば混乱を招きます。

舞台上の「上手」と「下手」は、舞台正面から見て、役者にとっての右側が「上手」、左側が「下手」と定義されます。これは、舞台装置や役者の立ち位置を指示する際に非常に重要な役割を果たします。例えば、「上手袖から登場」といえば、舞台の右側から役者が登場することを意味します。

では、観客席から見るとどうなるでしょうか？ これは多くの人の誤解を生むポイントです。舞台上の「上手」と「下手」は、観客席から見ても同じ位置関係を保ちます。つまり、観客席から見て舞台の右側が「上手」、左側が「下手」なのです。

なぜこのような表現が用いられるのでしょうか？ その由来には諸説ありますが、有力な説の一つに、舞台装置の配置と関係しているというものです。古くは、舞台装置の多くが右側（上手）に集中しており、より重要な役回りや、見栄えのする演出はそちらで行われる傾向がありました。そのため、右側を「上手」と呼ぶようになった、という説です。

もう一つの説は、役者の行動パターンに由来するというものです。多くの伝統芸能では、役者は舞台上を右から左へと移動することが多いです。そのため、役者の出発点を「上手」、到着点を「下手」と呼んだという説もあります。どちらの説が正しいのか、あるいは両方の要素が混ざり合っているのかは定かではありませんが、いずれにせよ、舞台の構造や、演劇における役者の動きと密接に関連していることが分かります。

しかし、現代の演劇やコンサートなどでは、必ずしもこの伝統的な「上手」「下手」の概念が厳格に守られているとは限りません。特に、客席を囲むような円形劇場や、舞台装置が左右対称に配置されている場合などでは、この用語はあまり意味を持たないこともあります。それでも、伝統芸能に携わる者や、舞台芸術に深い関わりを持つ者にとって、「上手」「下手」は、舞台上での位置関係を正確に伝えるための不可欠な専門用語であり続けています。

現代においては、より分かりやすい表現として「右側」「左側」を使うことも多くなっていますが、伝統芸能の舞台や、伝統芸能を意識した舞台演出においては、「上手」「下手」という用語が依然として広く使用されており、その意味を理解することは、舞台芸術を深く理解するために非常に重要です。観客席から舞台を見ている場合でも、混乱せず、舞台上の動きを正確に把握するためにも、「上手」は右、「下手」は左、という認識をしっかりと持ち続けることが大切です。 この用語を知っているか否かで、舞台芸術鑑賞の深さが大きく変わってくるのです。 さらに、この用語を知ることで、伝統芸能の奥深い歴史や、舞台芸術の独特な文化に触れることができるでしょう。 舞台芸術を楽しむ上での、小さな知識と思えるかもしれませんが、実は大きな意味を持つ言葉なのです。