映画タクシーのモデルは誰?

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1980年5月、光州民主化運動を取材したドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターと、彼を光州に案内したタクシー運転手キム・サボク。映画「タクシー運転手」は、この二人の実話を基に制作されました。40年を経て、彼らの再会は、歴史の重みと、真実を伝え続けた彼らの勇気を改めて浮き彫りにします。

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映画「タクシー運転手」のモデルとなった人物

1979年5月、韓国の光州で市民による民主化運動が勃発しました。この運動は、戒厳軍による残忍な弾圧により、数百人の死者と負傷者を出しました。

その渦中、ドイツ人記者のユルゲン・ヒンツペーターが光州を訪れ、この暴力を世界に伝えようとしていました。彼を光州に案内したのは、地元のタクシー運転手であるキム・サボクでした。

ユルゲン・ヒンツペーター

ヒンツペーターは、西ドイツの公共放送局ARDの記者でした。彼は1973年以来韓国に駐在しており、同国の人々と社会について深い理解を持っていました。光州民主化運動のニュースを聞いたヒンツペーターは、すぐに現地に飛び、事態を調査することにしました。

ヒンツペーターは、光州で戒厳軍の暴行を目撃し、その衝撃的な映像を撮影しました。彼の報道は、世界中に大きな影響を与え、光州事件の真実を暴くことに貢献しました。

キム・サボク

サボクは、平凡なタクシー運転手でした。彼はヒンツペーターを光州の危険地域に案内し、戒厳軍の野蛮行為の証拠を集めました。サボクは、ヒンツペーターの安全を確保し、彼の取材を支援するために、命を懸けました。

サボクは、光州事件後も、民主化運動に積極的に参加しました。彼は労働運動に関わり、民主化要求を声高に訴えました。

再会

光州事件から40年後、ヒンツペーターとサボクは再会しました。二人は、光州の記憶を語り合い、真実と民主主義を守るために戦い続けることの重要性を強調しました。

ヒンツペーターとサボクの物語は、ジャーナリズムの勇気と、信念のために自分の身を危険にさらした人々の揺るぎない精神の証です。彼らの行動は、光州事件の真実を世界に明らかにし、韓国の民主化に貢献しました。