世界一売れた曲は何ですか？

世界で最も売れた曲は何ですか？という問いに対して、多くの人が「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」と答えるでしょう。そして、それは事実です。ギネス世界記録にも認定されており、その著作権収入は計り知れないほど莫大な額に上ります。しかし、この誰もが知る歌の背後には、驚くべき歴史と複雑な権利問題が隠されています。単なる童謡として片付けるには、あまりにも興味深い物語がそこには存在するのです。

「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」の起源は、1893年にアメリカのケンタッキー州ルイビルで、姉妹のパティ・ヒルとミリセント・ヒル・マックミランによって書かれた歌「Good Morning to All」に遡ります。この歌は、当時幼稚園の教師をしていたパティが、生徒たちに歌わせるために作曲したものでした。シンプルなメロディーと歌詞は、子供たちの心を掴み、瞬く間に幼稚園や学校で広く歌われるようになりました。

しかし、「Good Morning to All」から「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」への変容は、徐々に、そして自然発生的に起こりました。歌詞が誕生日を祝うものへと変化し、次第にオリジナルの歌詞は忘れ去られ、「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」が主流となりました。この変遷は、明確な記録が残されておらず、まさに民衆による自然発生的な創作と言えるでしょう。

この匿名性と自然発生的な普及こそが、「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」の著作権問題を複雑なものにしたのです。ヒル姉妹は「Good Morning to All」の著作権を保持していましたが、そのメロディーを基にした「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」の著作権については、長年に渡り曖昧な状況が続いてきました。

20世紀後半になると、この歌の著作権は、複数の企業を経て、ワーナー・チャペル・ミュージックに帰属することになります。そして、ワーナー・チャペルは、この歌の演奏や録音、商業利用に対して、高額なライセンス料を請求し続けました。これにより、「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」は、世界で最も収益性の高い楽曲の一つとなったのです。

しかし、この高額なライセンス料を巡って、2015年にはアメリカ合衆国において、集団訴訟が起こされました。原告側は、ワーナー・チャペルが「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」の著作権を正当に保有していないと主張しました。そして、最終的に、裁判所はワーナー・チャペルの著作権主張を退け、この曲はパブリックドメインに属すると判決を下しました。この判決は、世界中の音楽業界に大きな衝撃を与え、著作権の在り方について改めて議論を巻き起こすきっかけとなりました。

このように、「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」は、単なる世界で最も売れた歌というだけでなく、著作権、民衆文化、そして音楽の歴史における複雑な要素が絡み合った、非常に興味深いケーススタディとなっています。そのシンプルで親しみやすいメロディーとは裏腹に、その背後には、長年に渡る権利争いと、私たちが当たり前のように享受してきた音楽の流通システムに対する問いが潜んでいるのです。 この歌が持つ商業的な成功の裏側には、法的、文化的、そして歴史的な様々な要素が絡み合い、世界で最も有名な楽曲の一つとしての地位を確固たるものとしていると言えるでしょう。