モッパンの最初のきっかけは？

韓国発祥の「モッパン（먹방）」ブーム。その始まりは、明確な起点を持たない、いわば時代の流れの中で自然発生的に生まれた現象であると言えるでしょう。しかし、爆発的な人気へと導いた大きな要因の一つとして、俳優ハ・ジョンウの圧倒的な存在感は無視できません。前述の通り、映画「悪いやつら」での彼の食べっぷりが、モッパンブームの“きっかけ”の一つになったことは広く知られていますが、単に「きっかけ」として片付けるには、その影響はあまりにも大きすぎます。

ハ・ジョンウのケースは、既存のメディアにおける「食べるシーン」の概念を大きく変革しました。それまでの映画やドラマにおける食事シーンは、物語の進行を補助する要素、もしくはキャラクターの心情表現の一環として、あくまで控えめな描写が主流でした。しかし、ハ・ジョンウの演じるキャラクターは違います。彼は、画面いっぱいに広がる料理を、躊躇なく、そして何よりも美味しそうに、豪快に食べ尽くします。その食べっぷりは、単なる演技を超え、一種のパフォーマンスとして視聴者に強烈な印象を与えました。

彼の存在がモッパンブームの“きっかけ”となった理由は、以下の点に集約されるでしょう。

まず、視覚的なインパクトです。大画面を通して見せる、圧倒的な量の料理と、それを平らげるハ・ジョンウの力強い咀嚼音、そして満足げな表情。これは、これまで映像で体験したことのない、新しい「食欲刺激」体験でした。まるで一緒に食事をしているかのような臨場感と、彼と一緒に食べているかのような共感と一体感が、視聴者の中に生まれたのです。

次に、共感と願望の充足です。多くの人が、日々のストレスやプレッシャーの中で、美味しいものを心ゆくまで食べたいと願っています。しかし、様々な制約から、その願望を叶えることができない現実があります。ハ・ジョンウは、その願望を代行してくれているかのように、画面の中で自由に、そして美味しそうに食べます。彼の食べっぷりに、視聴者は自身の抑圧された食欲を投影し、一種の代理満足を得たのではないでしょうか。

さらに、新しい表現方法の提示です。ハ・ジョンウの演技は、単なる「食べる行為」を、一種のエンターテイメントへと昇華させました。彼の演技が示した「食べることの喜び」は、多くのYouTuberやストリーマーにインスピレーションを与え、独自の表現方法を追求するきっかけになったと考えられます。彼らによる様々なスタイルのモッパン動画が拡散し、やがて一つの文化現象として確立していったのです。

しかし、ハ・ジョンウだけがモッパンブームの始まりを担ったわけではないことも重要です。インターネットの普及と高画質映像の容易な配信環境、そして人々の「共有」という文化的な変化、それら全てが複雑に絡み合い、モッパンという新しい潮流を形成しました。ハ・ジョンウは、その潮流を大きく加速させた、重要な「きっかけ」の一つに過ぎません。彼の存在は、モッパンの歴史を語る上で決して無視できない要素であり、その影響力は今もなお、多くのクリエイターや視聴者に受け継がれているのです。