漢文で「北」とは何ですか?

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漢文の「北」は、もともと「そむく」「にげる」という意味を持つ「背」という字を表すものでした。後に仮借され、方角の「北」を意味するようになったのです。
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北:背を向けた方角、その多様な意味

漢文において「北」という字は、単なる方角を示す以上の深みと文化的背景を持っています。現代日本語では当たり前のように北の方角を指しますが、その起源を辿ると、意外な意味が隠されているのです。

「北」の原字は「背」であり、「そむく」「にげる」といった意味を持っていました。 甲骨文字や金文を見ると、人が背中を向けている様子が象形的に描かれています。つまり、元々は物理的な「背」を表す文字だったのです。では、なぜこの「背」が「北」へと転じたのでしょうか?

古代中国では、南面して座るのが尊いとされていました。皇帝は南を向き、臣下は北を向いて拝謁しました。この慣習から、「背を向ける」ということは、皇帝に背を向ける、つまり北を向くことを意味するようになりました。こうして、「背」は方角の「北」を表すようになり、後に現在の「北」という字形へと変化していったのです。

この「背を向ける」という原義は、「北」という字が持つ様々な意味合いを理解する上で重要な鍵となります。例えば、「北」には「敗北」「逃げる」「劣る」といったネガティブな意味合いが含まれることがあります。これは、皇帝に背を向けて逃げる、つまり敗北するイメージと結びついているためです。

一方で、「北」は単なる敗北の象徴にとどまりません。北極星は常に北の空に位置し、動かない星として古代から人々の道標となってきました。このことから、「北」は不動、安定、中心といった意味も持ち合わせています。古代中国において、北極星は天帝の居場所とされ、宇宙の中心と考えられていました。このため、皇帝は北極星に対応する地上の支配者として、南面して天下を治めたのです。

さらに、「北」は「遠い」「辺境」といった意味も持ちます。中国文明の中心地から見て、北方は未開の地であり、異民族が住む場所と認識されていました。万里の長城は、まさに北からの異民族の侵入を防ぐために築かれたものです。

現代日本語では、「北風」「北極」「北海道」など、地理的な意味で「北」を用いることが一般的です。しかし、漢文や古文を読む際には、その原義である「背を向ける」という意味を意識することで、より深く文章を理解することができます。

例えば、「敗北」という言葉は、単に「負ける」という意味だけでなく、「背を向けて逃げる」という屈辱的なニュアンスを含んでいます。また、「北辰」は北極星を指し、不動の中心、あるいは皇帝の象徴として用いられています。

このように、「北」という一見シンプルな漢字には、古代中国の文化や思想が深く刻み込まれています。その多様な意味合いを理解することで、私たちはより豊かに日本語の世界を味わうことができるでしょう。そして、現代社会においても、私たちは無意識のうちに「南面する」という古代の慣習の影響を受けているのかもしれません。会議室で上座が南向きになっていることや、南向きの家は日当たりが良いとされていることなど、私たちの生活の中に古代の思想の痕跡を見つけることができるはずです。 「北」という字を通して、私たちは過去と現在、そして文化と自然の繋がりを改めて認識することができるのではないでしょうか。