ASDの大人が苦手なこととは？

大人の自閉スペクトラム症（ASD）当事者は、一見すると「普通の人」に見えるかもしれません。しかし、彼らが日常の中で抱える困難は、表面からは容易に理解できないことが多いのです。 これは、彼らが社会的なスキルを欠如しているのではなく、神経系の違いによって、世界を異なる方法で処理しているためです。 多くの場合、困難は「苦手なこと」というよりは、「処理能力の限界」や「情報処理の異なり」に起因していると言えるでしょう。

では、具体的に大人のASD当事者が「苦手」と感じるものとは、一体どのようなものなのでしょうか。それは、単一の要因ではなく、複数の要素が複雑に絡み合っています。以下にいくつかの例を挙げ、その背景にある神経学的メカニズムを簡潔に解説します。

1. 変化への対応の困難: 予期せぬ予定変更や急な環境の変化は、ASD当事者にとって非常にストレスフルです。これは、前頭前野の機能と関連しています。前頭前野は、計画や実行機能、柔軟な思考に関わる脳領域です。ASD当事者の中には、前頭前野の機能が異なっており、柔軟な思考や計画変更に困難を覚える人が多くいます。ルーティンワークは安心感を与え、日々の生活をスムーズに送る上で不可欠な要素となる一方、予期せぬ変化は、それまでのルーティンを破壊し、過剰なストレスや不安を引き起こす可能性があります。 例えば、予定されていた会議が急遽キャンセルになったり、普段とは異なるルートで通勤することになったりするだけで、一日の流れが大きく狂い、精神的に疲弊してしまうケースも少なくありません。

2. 曖昧な指示への対応の困難: 「何となく」「だいたい」といった曖昧な指示は、ASD当事者にとって非常に理解しづらいものです。彼らは具体的な情報や明確な指示を必要とします。これは、情報処理の特性に起因します。ASD当事者は、詳細な情報を処理する能力が高いため、曖昧な指示からは必要な情報を取り出すことができず、混乱を招いてしまいます。 例えば、「書類を整理してください」という指示よりも、「Aフォルダの書類を日付順に整理し、Bフォルダに移動してください」といった具体的な指示の方が、はるかに理解しやすく、効率的に作業を進めることができます。

3. 非言語コミュニケーションの困難: 視線、表情、身振り手振りといった非言語コミュニケーションは、社会的な相互作用において重要な役割を果たします。しかし、ASD当事者はこれらの非言語的なシグナルを理解したり、適切に表現したりすることに困難を覚えることが多くあります。 これは、社会認知能力や感情処理能力と関連しており、脳の特定領域の機能に違いが見られる場合があります。 例えば、相手が冗談を言っているのか本気なのか、その場の雰囲気を理解するのが難しく、誤解が生じやすいという課題を抱えています。

4. 社会的ルールや暗黙の了解の理解困難: 社会には、明示的には書かれていない暗黙の了解や、文化的なルールが数多く存在します。ASD当事者は、これらの暗黙のルールを理解するのが難しく、結果として社会的な場面で不適切な行動をとってしまったり、誤解されたりすることがあります。 これは、社会認知能力の特性と関連しており、社会的な状況を正確に理解し、それに適切に対応することが難しいことに繋がります。

5. 感覚過敏・感覚鈍麻: 光、音、匂い、触覚などに対する感覚過敏や鈍麻も、ASD当事者の日常生活に大きな影響を与えます。 強い光や大きな音に過剰に反応したり、逆に痛みを感じにくかったりするなど、感覚の処理に特徴が見られます。これは、感覚情報の処理に関わる脳領域の機能の違いに関係しています。 これらの感覚過敏は、日常生活におけるストレス要因となり、不安や不快感を増幅させる可能性があります。

これらの「苦手なこと」は、決して怠慢や意地悪から来るものではありません。脳の機能特性によるものであり、理解と適切なサポートが必要不可欠です。 周囲の人々がASD当事者の特性を理解し、彼らの困難を解消するための配慮をすることで、ASD当事者はより安心して社会生活を送ることができるのです。 彼らを「理解する」ためには、彼らの視点に立って物事を考え、彼らの「異なる」情報処理能力を尊重することが重要です。