横断歩道の縦線はいつからなくなりましたか？

日本の横断歩道から縦線が消えたのは、比較的最近のことではありません。 具体的な「いつから」という明確な日付を特定するのは困難ですが、その背景には長年にわたる道路整備の変遷と、社会経済的な状況の変化が深く関わっています。 単に「路面の水はけ改善とメンテナンスコスト削減のため」という説明だけでは、その複雑な歴史的経緯を理解することはできません。

まず、縦線が消え始めたのは、高度経済成長期以降、アスファルト舗装が広く普及し始めた時期と関連付けられます。 従来の、石畳やコンクリートブロック舗装の横断歩道では、縦線が視覚的な区切りとして機能し、また、舗装材の継ぎ目と重なることで、雨水の浸透経路を確保する役割も果たしていたと考えられます。 しかし、アスファルト舗装の普及に伴い、これら縦線の機能は相対的に低下していきました。アスファルトは比較的滑らかで、雨水は縦線に頼らずとも浸透、あるいは排水溝へと流れていくからです。

その後、1980年代以降、バリアフリー化への意識の高まりとともに、横断歩道の安全性に関する議論が盛んになりました。 視覚障害者にとって、縦線は必ずしも有効な安全対策とは言えないという指摘も出てきました。 むしろ、縦線によって生じる凹凸が、車椅子の走行を妨げたり、高齢者の転倒リスクを高める可能性があるといった懸念が台頭したのです。 この視点は、横断歩道のデザインを見直す契機となりました。

加えて、メンテナンスコストの削減という観点も無視できません。 アスファルト舗装の横断歩道における縦線は、タイヤの摩耗によって容易に消滅します。 そのため、頻繁な補修が必要となり、結果として多大なコストと労力を必要としていました。 縦線を廃止することで、このコストと労力を大幅に削減できるという経済的なメリットが、道路管理者の決定に大きな影響を与えたことは間違いありません。

しかし、縦線の廃止が完全に「水はけ改善」と「メンテナンスコスト削減」のみによって決定されたわけではありません。 むしろ、これらの要因が複雑に絡み合い、社会状況の変化、バリアフリー化への意識の高まり、そして経済合理性の追求といった複数の要素が相乗的に作用して、現在の横断歩道の姿が形成されたと言えるでしょう。

具体的な年次データの欠如は、全国一律の施策ではなく、地方自治体ごとの段階的な導入であった可能性を示唆しています。 また、古い横断歩道が改修される際に縦線が消える、といったケースも多かったと考えられます。 そのため、ある特定の年から急に縦線がなくなった、と断定することは困難なのです。

結論として、日本の横断歩道から縦線が消えたのは、単一要因ではなく、長年にわたる道路整備技術の進歩、社会ニーズの変化、経済的合理性の追求といった複数の要因が複雑に絡み合った結果であると言えるでしょう。 この背景を理解することで、現在の横断歩道デザインの意義をより深く理解することができるのではないでしょうか。