翻訳権の10年留保とは?

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旧著作権法では、外国で出版された著作物の翻訳権は、出版後10年間翻訳されなければ消滅しました。これはベルヌ条約に基づく規定で、自由に翻訳可能になることを意味します。現在は、この10年留保規定は廃止されています。

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翻訳権の10年留保:消えた特権と国際著作権の変遷

かつて、日本の著作権法には独特の規定が存在しました。それが「翻訳権の10年留保」です。これは、外国で出版された著作物の翻訳権について、出版後10年間翻訳されなければ、その翻訳権が消滅するというものでした。一見すると、翻訳者や出版社にとってチャンスを広げるように見えるこの制度ですが、その実態は複雑で、国際的な著作権保護の観点から様々な議論を巻き起こしました。本稿では、この廃止された制度の背景、影響、そして現在の著作権保護のあり方について考察します。

旧著作権法における10年留保は、ベルヌ条約という国際条約に基づいていました。ベルヌ条約は、著作物の著作権を締約国間で相互に保護することを目的とした条約です。しかし、条約には「翻訳権の保護期間」に関する規定が曖昧な部分があり、各締約国は独自の解釈と運用を行う余地がありました。日本は、この曖昧さを利用するかたちで、10年留保という独自の制度を導入したのです。

この制度の意図は、国内における翻訳出版の促進にあったと考えられます。外国の作品が翻訳されずに放置されている状態を解消し、国内の翻訳者や出版社に翻訳出版の機会を与えることを目指したと推測されます。外国作品が自由に翻訳できるようになれば、多様な文化的情報が国内に流入し、国内の出版市場も活性化すると期待されたのでしょう。

しかし、この制度は実際には様々な問題を引き起こしました。まず、10年が経過するまで、翻訳権を保有する外国の権利者は、自らの作品の翻訳出版を自由にコントロールすることができませんでした。日本の出版社が翻訳出版を意図せずとも、10年経過後は自由に翻訳出版が可能となるため、権利者の意向を無視した形で翻訳出版が行われる可能性がありました。これは、権利者の経済的利益を損なうだけでなく、作品そのものの質や翻訳の正確性に影響を与える可能性も孕んでいました。

さらに、10年留保は、国際的な著作権保護の観点からも問題視されました。他の締約国は、日本の制度を独自の解釈と捉え、国際的な著作権保護の原則に反するものとみなす可能性がありました。実際、この制度は、国際的な著作権保護の調和を阻害する要因の一つとして指摘されてきました。

結果的に、日本は、国際的な著作権保護の強化と調和を図るため、この10年留保規定を廃止しました。現在、日本の著作権法では、外国で出版された著作物の翻訳権も、著作者の死後50年(法人著作物では、公表後50年)という、他の著作権と同様の保護期間が適用されます。この変更により、外国の権利者は、自らの作品に関する翻訳権をより確実に保護することができるようになりました。

翻訳権の10年留保は、日本の著作権法の歴史において特異な存在でした。その廃止は、国際的な著作権保護の潮流を反映しており、日本の著作権制度が国際的な標準に近づいたことを示しています。この制度の廃止は、著作権保護の観点からは進歩と言えるでしょうが、一方で、国内の翻訳出版市場への影響についても、更なる分析と考察が必要となるでしょう。今後、国際的な著作権環境の変化に応じて、日本の著作権制度は更に進化していくことが予想されます。