劇場の上手と下手はどっちですか？

劇場の上手と下手、一見すると単純な左右の区別のように思えますが、その語源や意味合いを探っていくと、意外に奥深い世界が垣間見えます。単なる方位指示ではなく、日本の伝統芸能、特に歌舞伎の舞台構造や演出に深く根ざした、文化的な背景を持つ言葉なのです。

先に結論を述べると、観客席から見て、舞台の右が「上手」、左が「下手」です。 これは、歌舞伎や能楽といった伝統芸能において、舞台配置の慣習として定着したものです。 なぜこのような区別が生まれたのか、その理由を探ることで、この言葉の真の意味を理解することができます。

日本の伝統的な家屋を想像してみてください。玄関は家の入口、奥座敷は最も格式高い部屋です。 歌舞伎の舞台は、この家屋の構造を投影したと言えるでしょう。 舞台の上手には、奥座敷を模した重要なセットが配置されることが多く、主役が座る位置や、重要な場面が展開される場所として位置づけられていました。 一方、下手は玄関に相当し、登場人物の出入りや、比較的脇役の活動場所として用いられる傾向がありました。

これが「上手」と「下手」という表現の由来です。 「上座」と「下座」という概念と密接に結びついており、「上手」はより格式が高く、重要な位置、「下手」はそれよりも格が低い位置を意味します。 これは、単に左右の区別ではなく、舞台上の役者の地位や、シーンの重要度を暗示する重要な要素なのです。

現代の劇場においても、この慣習は根強く残っています。 例えば、舞台袖から登場する際には、重要な役柄は上手から登場することが多く、脇役や敵役は下手から登場することがあります。 これは観客の心理にも働きかけます。上手から登場する役柄には、自然と期待感や威厳が感じられ、下手から登場する役柄には、緊張感や不安が伴う演出効果が期待できるのです。

ただし、現代劇では、必ずしもこの慣習が厳密に守られるわけではありません。 演出の意図によっては、あえてこの慣習を覆すことで、新たな効果を生み出すこともあります。 例えば、重要な場面を敢えて下手で演じることで、観客に意外性や緊張感を与えたり、逆に、脇役を上手から登場させることで、その人物の隠された強さや存在感を際立たせたりするのです。

このように、「上手」と「下手」は、単なる方位を示す言葉にとどまらず、舞台演出における重要な要素であり、日本の伝統芸能の文化的な深みを示す象徴的な言葉と言えるでしょう。 劇場を訪れる際には、この言葉の背景を思い起こしながら、舞台を観賞すると、より深い理解と感動を得られるかもしれません。 さらに、舞台芸術に関わる者にとって、この慣習を理解することは、演出や演技の幅を広げる上で重要な知識となるでしょう。