なぜ小児科は赤字なのですか？

小児科が赤字に陥っているという現状は、単なる数字の問題を超え、日本の未来を揺るがす深刻な社会問題です。上記のようなパンデミックの影響は確かに大きな要因ですが、それだけでは説明しきれない複雑な構造的問題が背景に潜んでいます。 コロナ禍が露呈させたのは、長年放置されてきた小児医療の脆弱性であり、その根本原因を深く掘り下げて考察する必要があります。

まず、一つ目の問題は診療報酬の低さです。小児医療は、成人医療に比べて診療報酬が低いという現実があります。これは、小児の病気は比較的軽症で、治療期間も短いという、一見すると正しいように見える前提に基づいています。しかし、この前提は大きな誤解を生み出しています。小児は、言葉を話せない、自分の症状を説明できないという特性から、診断に時間を要し、詳細な診察や検査が必要となるケースが少なくありません。また、発熱や嘔吐など、症状が多様で、鑑別診断が難しい場合も多く、医師にかかる負担は成人医療以上に大きいと言えるでしょう。加えて、予防接種や健診といった、直接的な収益に結びつかない業務も、小児科医には多大な時間と労力を要します。これらの業務が適切に評価されず、診療報酬に反映されていないことが、慢性的な赤字の大きな原因の一つです。

二つ目の問題は医療人材の不足です。小児科医は、他の専門医に比べて慢性的に不足しています。その原因は多岐に渡りますが、一つには、前述した診療報酬の低さと、それに伴う医師の低い収入が挙げられます。長時間労働と低収入という厳しい労働環境は、若い医師にとって魅力的なキャリアパスとは言えません。さらに、小児医療は専門性が高く、高度な知識とスキルが求められるため、専門医になるまでの教育期間も長くなります。その長い修練期間と低い見返りのギャップは、多くの医師を小児科以外の分野へと駆り立てています。

三つ目の問題は、地域格差です。都市部と地方部では、小児医療の提供体制に大きな差があります。都市部では、複数の小児医療機関が連携し、高度な医療を提供できる体制が整っていることが多い一方、地方部では、小児科医不足により、医療機関の数が少なく、夜間や休日における救急医療体制も脆弱です。この地域格差は、医療アクセスに偏りをもたらし、特に地方部の子供たちの健康を脅かす深刻な問題となっています。

そして、コロナ禍は、これらの問題を一気に顕在化させました。感染症の減少は、小児科病院の稼働率を低下させ、経営を圧迫しました。しかし、これはあくまで「きっかけ」に過ぎません。本来、小児医療は、感染症の流行の有無に関わらず、常に安定した財政基盤を必要とする重要な社会基盤です。

小児科の赤字問題を解決するためには、抜本的な改革が必要です。診療報酬の抜本的な見直し、医師の労働環境の改善、地域格差の是正、そして、小児医療の重要性を国民全体で共有することが不可欠です。 子供たちの健康を守り、日本の未来を担う人材を育成するためには、今こそ、小児医療への真剣な投資と、社会全体の意識改革が求められています。 これは単なる医療問題ではなく、社会全体が直面する課題であり、早急な解決策の模索が不可欠なのです。