「なられました」は二重敬語ですか?

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「なられました」は、尊敬語の「お~になる」と「~れる」が重なった二重敬語にあたり、過剰な敬意表現として不適切です。より自然な表現として、「お話になりましたか?」または「話されましたか?」を用いるのが望ましいでしょう。状況に応じて適切な敬語を選択することが重要です。

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「なられました」は二重敬語か?という問いに対しては、一般的には「はい」と答えることができます。しかし、その判断は文脈や話し手と聞き手の関係性、そして「なられる」という動詞の持つ微妙なニュアンスを理解した上で下す必要がある、というのがより正確な答えでしょう。

「なられる」は「~になる」の尊敬語です。 「~れる」は、話し手の意志に関係なく事が起こる受動態・可能態を表す助動詞です。従って、「なられました」は「~になる」という尊敬の意を表す表現に、さらに受動・可能を表す「~れる」が付くことで、二重の敬意を表している、つまり二重敬語となるケースが多いと言えるのです。 例えば、「ご報告なられましたか?」という文を想像してみましょう。これは、相手が報告するという行為に対して尊敬の念を表す「お~になる」を用い、さらにその行為が相手に起こった出来事であることを示す「~れる」を使っているため、二重敬語だと判断できます。相手が自ら積極的に報告したというニュアンスが薄く、むしろ「報告された」という受動的な印象が強くなります。

しかし、全ての場合で「なられました」が二重敬語であるとは断言できません。 例えば、「会議の議題が決定なられました」という文を考えてみましょう。この場合、「議題」は意思を持たない存在であり、自ら「決定になる」という行動を起こせません。「決定なられた」は、議題の決定という事実を、話し手から見て尊敬すべき立場(例えば会議の主催者など)の行為によってなされたものとして表現しています。この文脈では、「~れる」が受動態として機能しており、二重敬語と判断するのは必ずしも適切とは言えません。 「決定された」という表現も可能ですが、「なられた」の方が、決定に至る過程に何らかの権威や慎重さが伴っていたことを暗示し、よりフォーマルな印象を与えます。

重要なのは、「なられました」の使用が、自然で分かりやすいコミュニケーションを妨げているかどうかです。もし、聞き手に不自然さや違和感を与え、かえって失礼に当たると感じさせるようであれば、それは二重敬語として避けるべきでしょう。 「なられました」を用いることで、本来伝えたい情報が曖昧になったり、話し手の意図が正しく伝わらない可能性も考慮しなければなりません。

結局のところ、「なられました」の適切性は文脈に大きく依存します。 より自然で分かりやすい表現を選ぶことが大切です。 「お話になりましたか?」や「話されましたか?」、「決定されました」など、状況に応じて適切な敬語を選択することで、より円滑なコミュニケーションを図ることができるでしょう。 そして、常に聞き手の立場に立って、過剰な敬語が相手に不快感を与えないか、よく考えることが重要です。 丁寧な表現は大切ですが、それは聞き手に理解され、受け入れられるものでなければ、真の丁寧さとは言えません。 言葉の力を正しく理解し、使いこなすことが、コミュニケーションにおける真の敬意を示す方法と言えるのではないでしょうか。